「生活すること」と「遊ぶこと」の違い

自給自足の擬似体験

普段の生活とは違い、何もないところから自分で何かを得て生活してみることはとても楽しそうです。

バラエティ番組でやっている無人島生活も、見ていると大変そうですが、何となく自分でも体験してみたいと感じている人はたくさんいるでしょう。

多くの人が、ロビンソンクルーソーの物語に憧れ、胸躍らせてしまうのも、同じ理由からだと思います。自分で釣った魚や、狩りをして捕った獲物を拾った小枝を燃やした炎で焼いて食べるなんて、カッコイイし、みんなやってみたいと思います。

まあ、そこまで本格的でなくても、似たような体験はキャンプなどで簡単にできるものです。

山の中のキャンプ生活では、普段触れ合うことのできない自然を満喫し、おいしい空気を吸いながら、飯盒炊爨(はんごうすいさん)でカレーライスなんかを作って食べることや、バーベキューで焼肉を食べることなどが定番です。

それでもみんな十分に楽しいのです。ガスも電気もないところで昔の生活を体験し、自給自足の疑似体験をすることができるのですから、火を起こしたことだけでも大きな達成感が得られ満足できるのです。

レジャーは長く続かない

しかし、キャンプ生活が長く続くと、人はどう感じるでしょうか。

毎回、毎回、食事のたびに苦労して火を起こし、毎回毎回、苦労してご飯を炊いていたら、そのうちだんだんとそんな生活に飽きてくるでしょう。バーベキューも持ち込んだ食材が尽きれば、自分たちですぐに食料を調達する術はありません。

ここからが本当に自給自足生活の始まりなのですが、みんなここでストップし、山を下りて普段の文明生活に戻るのです。

自給自足の疑似体験は、楽しくてもやっぱり「見せかけの楽しさ」に過ぎないのです。

楽しみとしての自給自足生活はすぐに破綻してしまうものです。レジャーは、あくまでもレジャーであって、それが日常となることはあり得ないものなのでしょう。

楽しさだけでは生活できなくても

「楽しさ」という要素がなければ、私たちは、日々、暮らしていくことはできません。

でも「楽しさ」だけで生きていくことも、また、不可能です。

自給自足の生活がどんなにすばらしくても、どんなにかっこよくても、どんなに楽しくても、楽しさ以上にたくさんの苦労があるのが現状です。キャンプで自給自足生活を疑似体験することで、楽しさだけを味わうのも良いでしょう。

なぜなら本当の自給自足生活を送ることは、ほぼ不可能なのですから。

ネガティブに「どうせ、できないのなら、遊んで体験するだけでいいじゃないか。」と、捉えるのではなく、疑似体験によって、少しでも自然の中で生きる生活に触れ、自給自足の大変さを感じ、自然の恵みのありがたさに気づくことが大切だからです。

キャンプなどの自然派レジャーで体験したことは、決してムダになることはないのです。

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