食の安全神話崩壊

安全神話とは何か

「食の安全神話崩壊」という言葉が、あちこちで叫ばれているのを聞いたことがあります。そもそも「安全神話」とは何なのでしょう。

日本の食品は安全だと思っていたけど、本当は危険がいっぱいだった、という例えが、安全神話の崩壊なのでしょうか。

実のところ、よくわかりません。神話はそもそも多くの人に信じられていても、信憑性に欠けるおとぎ話のようなものですから、それが嘘だとわかっても、「今さら何言ってんの。」という感じです。

世界には、生きていくために食べることが精一杯で、何でも食べられればそれで幸せだという国々も多くあります。

それに比べれば、すぐに命の心配をしなくても食べたいものを食べることができる日本は幸せな国です。周りには食品があふれ、どれを食べればよいか、食品を選ぶ余裕があるのが日本なのです。

だからこそ、多くの人が食の安全についてこれほどまでに敏感になっているのでしょうし、その意識の高さに呼応するように、企業や国も努力し、規制を強化するなどの対策をとってきたのでしょう。

だとすれば、やっぱり神話でも何でもなく、この国の食は安全なのではないのでしょうか。

食の安全は自分で守る

やはり、私はこの国の「食」は、基本的には安全なのだと思います。

しかし、小さな危険は必ず潜んでいます。安全性に問題がある添加物が使用されているのは確かだし、まだ安全性が確認されていない遺伝子組み換え作物にも、問題があるかもしれません。食肉に紛れ込んでいるかもしれない抗生物質やホルモン剤も心配といえば心配です。

ですから、どんなにここが安全な国であっても日頃から食に対して、真剣に向き合い、避けるべきものは避けていくことも必要だと思います。決して食に対して無頓着でいてはいけないと思います。

私たちが、生きていく限り、「食」は避けることのできない営みです。必要以上におびえておいしいものを食べられないのはとても寂しいことです。

すべてに目をつぶることはしたくありませんが、自分なりに、「これと、これだけは避けよう。」「この食品だけは食べないようにしよう。」と基準を設けて、納得できるようにしたいと、私は今、考えています。

自分自身が納得しながら、これからも「食の安全」を守っていきたいと思います。

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